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量子場と意識#01:量子場に現れる意識とは?

TimeWaverのカンファレンスがあり数日前からドイツ🇩🇪にいまして、色々と意識の世界をアップデートして帰国した今日この頃のユウキです。🌈


そこでは中々面白い話しが沢山あったのですが、特に興味深かったのが、イタリアの量子場論の理論物理学者であり、意識の研究家のGussepe Vitielloの、量子場論と意識の話し!


とっても複雑な量子場の世界。「場」なので、単体ではなく、複数の単体の関わりあいとその作用を研究なので、量子物理学よりもさらに複雑な分野なのです!


ですが、複数でないと、実はミクロ(量子)スケールの出来事をマクロ(原子以上のスケール)に当てはめることが出来ません。


つまり、意識、ミクロ、マクロを繋ぐ理論であり研究なのです!


今回の記事は長いので、2つの記事に渡って、量子場論と意識の関係性、そして、どの様に意識がミクロとマクロに影響を与えうるのか、「場(フィールド)」の科学に迫ります!


*事前に簡単にでも量子のことを知っていると読みやすいです!「量子」という名前しか分からないという方は、事前に調べてから読むことをお勧めします!

目次

量子スケールに現れる意識

この記事では、量子とは何かには言及せず、頭から量子スケールに現れる意識の影響について書いているので、知りたい方は下記に文部科学省のウェブサイトに掲載されていた記事、「量子ってなあに?」のリンクを貼っておくね!🌈

さて、量子スケールに現れる意識的な影響は、このブログでも度々触れているので、ご存知な読者が多いかもしれませんが、もう一度おさらいがてら思い出していきましょう!

そもそも、量子論において意識というキーワードが注目され始めたのは、量子実験で行う「測定(Measure)」で起こる不可解な条件が原因です。

これは、「Measurement Problem」とも言われて科学者たちの間で量子力学の始まりからずっと議論の的になっているのです。

簡単に言うと、量子的な対象、例えば電子や光子やクオーツのような素粒子は、「測定」によって観測される前までは、量子的な対象の状態(位置、エネルギー)は未確定であり、同時にあり得る全て状態を保有しています。これを量子状態と定義しましょう。

ですが、一度「測定」すると、その瞬間、その対象の量子状態が解けて、特定の状態に落ち着きます。これを古典状態と言います。

古典状態の対象は決定論的で、その対象を誰が見ても、全く同じ対象の状態を観測できます。

ですが、量子状態の対象は確率的で、見る人によって、その対象の状態が変わります。これを「観測者効果」と言いますが、現在の科学では、見る人によって結果がかわる、人の意識の干渉をよしとしないので、もっと物理的で再現可能な「測定」要因を探していますが、現状、科学者が満足する物理的な答えは見つかっていません。

さて、主流の科学者たちが物理的な要因を必死に探している間に、それを精神的な要因として研究している研究者もいるわけです。つまり、量子状態から古典状態へ移行する「測定」ポイントは、「観測者効果」として検証しているわけですね。

これを検証したのが、プリンストン大学の地下に作られた、彼の有名な「PEAR Lab」です。

NASAのロケット推進エンジンを提供していたロバート・ヤーン教授と、心理学者のブレンダー・デューンを筆頭に行っていたのが、「電子」を使ったサイキック実験。

仕組みはとてもシンプル。ツェナーダイオード言われる、電子パーツを使って、「0」か「1」をランダムに生成する機械を使います。この生成プロセスでランダムに現れる値を「乱数」と言います。

理論的には100個乱数を生成すると、トータルでだいたい「0」が50個、「1」が50個生成されます。

PEAR Labでは、200個の乱数セットを200回繰り返すので、トータルで4万の乱数を生成する事になります。

この乱数がパソコンの画面に線を描いてグラフ📈としてリアルタイムに表示されるのですが、被験者に「0」か「1」のどちらかに念を送ってもらいます。

すると、あら不思議、乱数で生成された「0」と「1」の割合に偏りが生まれるのです❗️

この結果を知ったPEAR Labが研究結果を世界に公開し、現在の意識の研究の大きな礎にもなっています。もちろん僕もその礎の恩恵を受ける1人になったわけです。

さて、気になるのが、この研究で使った機械のどこへ意識の影響が現れたのかです。
もちろん乱数を発生させるツェナーダイオードなのですが、もう少し具体的に言うと、ツェナーダイオードの内部で起こる量子スケールで起こる現象(ツェナー効果と、トンネル効果)に意識の影響が現れます。

この効果をイメージで理解しましょう。例えば、量子テニスコート🎾があるとします。両側には1人づつテニスプレイヤーがいます。このコートは周りが壁に囲まれていて、テニスコートの真ん中にはネットではなく、果てしなく背が高く、とても薄い壁があります。

さて、一方のテニスプレイヤーがボールを打ちます。

普通に考えると、ボール🎾は、コート真ん中の壁に当たって、跳ね返ります。

ですがここは量子テニスコート。この壁は50%の確率で、ボール🎾がすり抜けるのです!ですがいつすり抜けるかは分かりません。

そうすると、ボールが跳ね返るか、通り抜けるかは、ランダムなわけです。

これは量子のトンネル効果といいます。原子や分子以上のマクロスケールの物質には起こり得ない事なのですが、量子の様なミクロな世界では、この様な魔法じみたことが起こるのです。

そして意識は、このトンネル効果に影響を与えるので、跳ね返る、または、通り抜ける確率に偏りが現れます。

ここまでさんざんミクロしか観測できない出来事と言っておきながらPEAR Labでは、9000個の直径1.9cmのポリスチレンボールを、300個の杭を通って、13個のポケットのいずれかにランダムに落ちていく、横304.8cmX高さ182.88cmの巨大なピンボールマシーンを作って、同じ実験を行ったところ、全く同じ様に意識の影響が現れたのです。

このマクロの世界に現れる、意識の影響。原則、意識は量子状態の対象にしか、干渉できないのですが、マクロの世界の物質のどこが量子状態なのか?

そんなマクロとミクロを繋ぐ理論体型が量子場論です!次は量子場論に注目していきましょう❗️

先程ご紹介したピンボールマシーンを使ったサイキック実験についてもっと知りたい方は、グローバル・コンシャスネス・プロジェクトで有名な、ロジャー・ネルソンが書いた論文のリンクを貼っておくので読んで見てね!

量子場とは?

量子場論は、ある意味、今まで量子論よりも現実味のある理論体系です。

というのが、量子論は1つの量子的な対象に焦点を当てている学問。

一方、量子場論は複数の量子的な対象に焦点を当てている学問。

量子論の場合は、単体の電子や光子といった素粒子が、どの様に振る舞い、どんな作用を持っているのかを観察し研究するのですが、

量子場論の場合、複数の素粒子から生まれる振る舞いや作用を観察し研究します。

そもそも私たちを含めた、全ての存在が無限にも近い素粒子の集まりで出来ているので、量子場的な研究は、そのままマクロの世界に応用することができるのです。

実は原子を扱う学問でも似た様な切り分けがありまして、原子単体を見つめる学問と、原子同士の繋がりやネットワーク(クリスタル)からしか観測できない、圧電効果の様な特異な作用があります。

人の体も、臓器を切り分けて見ることも出来るし、全ての臓器のネットワークから見えてくる人体の機能や作用もありますよね!

単体か複数か、本当はこれだけの違いだけど、全く違うものになるのです!

量子場に現れる意識

さて、量子場にはどの様に意識的な影響が現れるのか?

まず量子場論の世界観を知りつつ理解していきましょう。

まず量子場と言う程ですから、単一の素粒子たちが量子状態としてネットワークを形成しているわけですね。

例えば、3x3(計9つ)の素粒子のマトリクスをイメージしましょう。

それぞれ量子状態なわけです。

各素粒子は特定の波長を持って振動しています。そこから周波数を求める事ができます。

その周波数が、隣り合った、又は周辺の素粒子にも共有され、全ての素粒子がオーケストラのように、同じ周波数で振動し始めます。すると、ただの素粒子の集まりが、一つの量子場になります。

さて原子も振動しています。実はこの原子の振動も、先程の素粒子と全く同じ現象が起こります。

例えば、クリスタルの様な、複数の原子が規則的に繋がり合っている物質があるとします。これは原子の場ですね。

この原子の場に存在している全ての原子が同じ周波数で振動し始めると、原子スケールの量子場になります。この現象が、原子レベルの音の振動に似ていることから「フォノン」と呼ばれていますが、音の量子状態というわけではありません。

つまり、目に見える、物質レベルだったとしても、フォノンによって量子の性質を持つ事が出来るわけです。

先程のピンボールマシーンで使うポリエチレンボールも原子の集まりでして、原子のそれぞれが同じ周波数で振動する量子場だったからこそ、意識の干渉が可能だったわけです。
この場合、量子状態の運動の方向性へ意識が干渉したのでしょうね!

脳は量子場プロセッサー

さて、マクロスケールでも量子状態なることがわかると、面白い真実が見えてきます。

フォノンの現象は同じ性質を持ったもの同士に起こる現象の様です。例えば電子なら電子と、水素なら別の水素と、水分子なら他の水分子と。

私たちの体の約80%〜70%が水分と言われいますが、それは体全体が一つの量子場になるという事です。

そして脳🧠の80%も水分です。
つまり、私たちは頭は貯水塔💧の様なわけですが、飲むための水ではなく、量子場プロセッサーのための水なのです❗️

水分子は電気双極子(Electric Dipole)です。
つまり、水分子は極性(+と-)を持っています。分子に存在する電子の位置も量子状態なので、一瞬一瞬この極性がクルクルと入れ替わり振動します。すると隣り合う水分子にも振動が伝播し、やがてその場を共にする全ての水分子に同じ振動が共有されます。これを「Long-Range-Correlation」といい、物理的に観察できます。すると、同じ振動で存在する一つの「水分子」としての量子場が形成されます。

ですが疑問は、私たちの脳のほとんどは水でできているのですが、この水の量子場から、私たちはどのように思考することが出来るようになるのでしょうか?

答えの鍵は、ニューロンの樹状突起内(ニューロンの信号を受け取る窓口)にある微小官です。微小官とは、私たちの脳の中にあるニューロン(脳神経)に存在する、とっても細い環状のチューブ(極小のストロー🥤)なのですが、

1:その微小官内に存在する水が、先程お伝えした通り量子状態になります。

2:そして、量子状態となった微小管の水分が、その他の脳内に存在する全ての水分子たちと、Long-Range-Correlationという、広範囲で量子状態が共有される物理現象を通して、一つの量子場が脳全体に形成されます。つまり量子脳です。

3:量子場の共鳴状態が崩れて、水分子たちの極性がどちらかに落ち着いた時、電場が形成されます。

4:この電場の状態に則して、微小管を形成するチューブリンというタンパク質の状態が、αチューブリンか、βチューブリンにきまり、1つの微小管にαとβから成るパターンが形成されます。つまり、チューブリンも水分子を通して間接的に量子状態です。

5:そしてニューロンの樹状突起内(隣り合うニューロンから信号を受け取る部分)にある全ての微小管のパターンが決まり、軸索内にある、量子状態を有さない微小管に伝達し、一つのニューロンがシグナルを生み出します。つまり、微小管も水分子とチューブリンを通して間接的に量子状態です。

6:このシグナルが他のニューロンに伝わり脳内信号のネットワークが生み出され、思考が形成されます。

これが「水から、思考が形成されるまでのプロセス」です。

そして、私たちの脳は、この1〜6のプロセス、つまり量子状態の脳と、古典状態の脳を0.25秒間隔(ロジャーペンローズの理論)で移り変わり、知覚体験を私たちに与えます。

余談ですが、インド哲学では、24時間で6,480,000の瞬間が生じると言っているので、約0.0133秒間隔、中国仏教では0.025秒間隔のサイクルと言っています。なので、ペンローズの理論より、中国仏教の教えでは10倍、インド哲学の教えでは約19倍以上、サイクルが早いわけですが、これは意識のトレーニングを積んだ人が観測したサイクル数で、一般人はペンローズが言うように0.25秒ということなのでしょうか...?これに関しては、今回の焦点ではないので、深く掘り下げたい気持ちを抑えて、違う記事で改めて見つめようと思います。🌝

さてここで疑問が一つ浮かびます。

「何が量子場を崩壊させるのか?」

言葉を変えると、

「何が『測定』、あるいは、『観測』なのか?」

ロジャーペンローズは、環境的刺激、特に重力波と言いますが、すると私たちの人間体験は、重力が生み出している?つまり重力が意識??と、謎が謎を呼ぶだけで、僕は重力波が量子脳から古典脳に移り変わる本質的な要因でないと、直感的にに判りました。

ドイツへ意識のカンファレンスへ行った時に、この思いを実際にイタリアの理論物理学者Gussepeさんにぶつけてみると、彼も僕と同じ考えを持っていたのですが、そのお話が目から鱗でした!🌈

「意味」こそが「無(量子)」から「有(情報)」を生む

意識の哲学にある最も難解な問いがあります。文字通り「ハード・プロブレム」というのですが、問いの内容はこうです。

「なぜ人には知覚だけでなく、感覚や体験(クオリア/Qualia)といった要素があるのか?」

つまりシンプルに生命維持だけするのであれば、花の香りや、バニラの味などの様な感覚体験は無意味なのです。

ですが、私たちには備わっています。

そんな感覚体験は、私たちが生きる上で、なぜ存在し、それがどう役に立つのか?この問いは意識を研究する科学者や哲学者たちを大いに悩ませている、大きな問いなのです。

ですが、Gussepeさんのお話を聞いて、このハードプロブレムは、プロブレムですらない事に気づきました。

そもそも、現代科学では意識は脳の副産物。つまり頭の中で起こる電気的な活動の末に、認知や感覚の様な体験が生まれるという解釈。

ですが、真実は真逆だったのです!
体験のために、脳の量子状態を崩壊させ、電気信号を形成するのです。
つまり、電気信号は結果であって、意識の起源ではないのです。

では何が「体験」なのか?

体験とはそもそも、一個人が、とある事象に対して、自分自身とその事象を関連づける必要があります。

だって、関係ないことって意識にも上がらないから、無視するじゃない?
世界を生み出す主体が意識だという理解がある方は、本質的に無視することって、事象として、そもそも現象化しないという事もスッキリ理解できると思います。

では、なぜ関連づけるのか?

そこに「意味」があるからです。
つまり、体験することとは、個人にとって「意味」のあること。

意味がないと、体験を生み出す必要もないので、脳内に、認知や思考のような秩序だった信号が形成されません。

「意味」こそが文字通り、脳内の電気信号を作る「意味」を与えるのです。

さて、そんな「意味」ですが、初めは非言語の感覚(理解)として私たちはキャッチします。そして、その理解に基づいて、脳内に電気信号を形成するのです。

例えば、「肝を冷やす」体験があったとします。この「肝を冷やす」という感覚は、体感覚として知覚しているので脳内の電気信号です。ですが、「肝を冷やす」には、冷やす反応を示す対象(事象や出来事)があります。なんでもかんでも冷やしていたら肝が凍えてしまいます。🥶

つまり、その対象に対して、何らかの意味づけをし、その意味の理解から生まれた反応が「肝が冷える反応」」なわけです。

元々、非言語な「意味」なのですが、あえて言語化すると「ヤバい!」の様に、「突然身に降りかかった危険」に相当すると思います。
なので、その対象に対して、「ヤバい!」対象と意味をつけ、その意味を理解するために「ヤバい!」を表す「感覚(理解)」を形成し、実際に知覚できる体感覚として脳内に信号を形成し、「肝を冷やす」体感覚を通して「ヤバい!」を認識します。その逆で、「肩が緩む」体感なのであれば、とある対象に対して、「安心」といった意味をつけ、私たちはその意味を理解するために「安心」を表す感覚を形成します。

便宜上、「ヤバい!」と、「安心」と言葉を当てはめましたが、脳内で実際に言葉が生成されるわけではなく、「ヤバい!」や「安心」という表現に相当する感覚を形成する、「微小管のパターン」が形成されるのです。

なのでこのセクションの冒頭でお話した通り、わざわざ意味をつけて理解したい対象しか、感覚が生じないのです。つまり、意味を見出したい対象が、意識を持つ個体にとって、そもそも「意味」があるかが重要です。もし意味が無ければ、意味づけもせず、理解の必要もないので、もちろん感覚は生まれません。

意味があれば、対象に対して注意を向ける、なければ向けない(むしろ向かない)。つまり、個人にとって「意味」があると自分に関連づけた(意味付けした)瞬間に、「量子脳状態」が崩壊し、脳内の水分子を通して微小管のパターンが特定の状態に落ち着きます。この微小管パターン、つまり理解に基づいて感覚が生まれ、脳が改めて感覚を知覚し、認識し、その感覚を体や言葉で表します。

逆に言うと、注意の向かないもの、つまりその個人にとって興味がなく、意味が無いものは、量子状態が崩壊せず、実際に頭の中に理解も思考も上がらず、「無視」します。(本当に視野に入らず、あたかも無いかのようですね!)

「意味」こそ、量子状態で全てが同時に存在し何も捉えることができない世界(無)から、一つの存在を捉えることができる世界(有)を生み出す鍵であり、「測定」の起源なのです。

この理解があると、「意味」抜きには、人は生きる世界に意味を見出さないので、世界に興味を示しません。
注意を向けることもなく、興味もないので何も感じないので感覚もありません。
感覚がないと認知する感覚対象もないので、何も認知もしません(無視)。
すると私たちは、五感から得る刺激に知覚反応して、ただゾンビの様に生き続ける事になります。

なので、「意味」のような精神的要素を生成する意識が、単に脳の副産物で、幻想に過ぎないと仮定すると、私たちはゾンビになり、大脳皮質のように思考する脳は全く必要なくなるのです。実際はその真逆。脳に形成される電気信号こそが、私たちの精神的側面の結果であり、鏡なのです。つまり、精神的に見出した「意味」を、脳という物理的なプロセッサーを使って、態度、行動、癖、感情のように生理学的に物質化、又は、声を出して言語化するのです。

「ハードプロブレム」の問いは、「なぜ感覚体験があるのか?」なのですが、実際は、「感覚体験が脳内活動のトリガーになる。」なので、そもそも問いかけそのものに問題があります。その背景には、意識の様な主観的で再現できない要素を科学から取り除き、意識はあくまで脳の副産物という仮定の基で感覚体験を問いてしまっているところにあります。なので、この問いかけでは、永遠に答えには辿りつかないでしょう。質問の問い方は本当に大切です。

脳の活動が意識を生むのではなく、意識が脳の活動を生むのです。これで「ハードプロブレム」解決なわけです。🌈

少し話が逸れてしまいましたが、Gussepeさん曰く、「意味」の大切さを理解すると、言葉の起源の説明がつくようです!

ですが、今回は少し長くなってきたので、量子場と言葉については次の記事でお話しますね〜〜〜💓
ではまた次回、お楽しみに〜〜!🌈

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